12月4日@科学技術館

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本日の科学ライブショー「ユニバース」は、ノーベル賞特別番組をお送りしました。

最初のご講演は2019年のノーベル化学賞を受賞した、リチウムイオン電池の開発に関する内容です。新型コロナウイルス感染症による影響で2年越しの講演となり、松岡直樹先生(旭化成株式会社 研究・開発本部 研究開発センター 次世代電池イニシアチブ 次世代蓄電戦略部)から「リチウムイオン電池の開発とモバイルIT社会への貢献」と題してリチウムイオン電池に関する話題をお話していただきました。

そもそも、リチウムイオン電池とはどのような仕組みなのでしょうか?
電池には大きく分けると化学電池と物理電池の2つの種類があります。リチウムイオン電池は、化学電池のうち、充電すれば繰り返し利用できる二次電池という種類の電池の1つです。
リチウムイオン電池の最大の特徴はリチウムイオンが中で動くという点です。リチウムイオン電池は、もともと正極に存在していたリチウムイオンが負極へ移動する際に電子が動くことで充電されます。この際に起きる”インターカレーション”が今回のノーベル賞のキーワードです。

インターカレーションとは層状に構造を持つ物質の隙間にほかの物質を挿入するような化学反応のことを言います。リチウムイオン電池では、このインターカレーションが起こっており、これを利用した開発に貢献したのが受賞者のM・スタンリー・ウィッティンガム先生、ジョン・B・グッドイナフ先生、吉野彰先生の3名でした。
リチウムは電子が放出されやすくリチウムイオンが生成されやすいという特徴があり、高エネルギー密度、高電圧電池に適しています。ウィッティンガム先生は、負極に金属リチウム、正極に二硫化チタンいう物質を用い、2ボルトの起電力を有する電池を開発しました。しかし、この電池は充電放電を繰り返すと金属リチウム負極の表面にデンドライトとよばれる樹枝状の結晶が成長してしまい、短絡・火災・爆発の危険性が高い、という欠点がありました。
ウィッティンガム先生の充電式リチウム電池に精通していたグッドイナフ先生は、コバルト酸リチウムを正極に使うことで、その起電力を4ボルトまで上げることに成功しました。

一方、旭化成での吉野先生の研究は負極にポリアセチレンを使うことから始まったのだそうです。ポリアセチレンを負極とした電池に合う正極の材料を探索していた際に、グッドイナフ先生の研究にたどり着いたのです。しかし、負極にポリアセチレンを使うことは、軽量である一方で小型化ができないことや、化学的な安定性が低いなどの問題がありました。そこで、負極の材料を旭化成内の別テーマで検討していた特殊カーボンに変えてみたところ、出力が高く小型軽量な電池を開発することができたのです。
企業における電池の実用化には安全性の面でもハードルがあります。そこで、安全性を証明するために鉄球を落として爆発しないかどうか確認する実験が行われました。これも、総合化学メーカーだからこそできた大事な実験だそうです。吉野先生が負極にカーボンを用いたことによって高い安全性が実現し、リチウムイオン電池が誕生しました。
現在、旭化成では、リチウムイオン電池の低温動作と急速充電の課題を克服するために、超イオン伝導性電解液の研究開発が進められているそうです。

モバイルIT変革に貢献したリチウムイオン電池は、環境エネルギー変革においても重要な役割を期待されています。環境・エネルギーに対する新しい価値観が世界中に浸透し、蓄電デバイスに求められる性能も大きく変化しています。利便性と経済性と環境への配慮の3点が調和した、新しい開発がこれからの社会が目指すものであり、それを可能にするリチウムイオン電池の進化にはこれからも注目です。

本日2回目のライブショーは2021年のノーベル化学賞に関する特別番組でした。
今年のノーベル化学賞は「不斉有機触媒の開発」でベンジャミン・リスト先生とデイビット・マックミラン先生の2名が受賞しています。
今回、秋山隆彦先生(学習院大学理学部・教授)から「有機触媒とは何か?環境に優しい第3の触媒」と題して不斉分子のお話から受賞者の研究までお話していただきました。

“不斉有機触媒”は、聞きなれない言葉ですが、不斉・有機(分子)・触媒の3つに分けると理解がしやすくなります。
触媒は、「それ自体は変化しないが、化学反応を促進するもの」と定義されています。みなさんが道路を渡るとき、陸橋と横断歩道のどちらを使いたいと感じますか?横断歩道を使いたいと感じる人が多いのではないでしょうか。それは、階段を上らなくてよいので楽だからです。これと同じように、反応を楽にするのが触媒です。例えば、食べ物として口に入れたデンプンやタンパク質は消化酵素という触媒によって消化され、ブドウ糖やアミノ酸になります。
次に、有機分子とは炭素でつながった化合物のことを言います。例えば、メタンやお酒に含まれるエタノール、料理で用いる酢の成分である酢酸などが有機分子です。炭素は4つの結合をもつことができます。炭素1つと4つの水素が結合した簡単な構造の有機化合物であるメタンは立体構造を持っています。このほかに、グルコースやスクロースなども立体構造を持っているそうです。
最後に、不斉とは対称ではないという意味です。この時に重要なのがエナンチオマー(鏡像異性体)です。化合物を鏡の前に置いたとき、鏡に映った形をしている化合物をエナンチオマーと言います。この、エナンチオマーが同じ形で重ならない場合は光学活性やキラルといい、重なる場合は光学不活性またはアキラルといいます。キラルな化合物の例としてはリモネンがあります。リモネンは香りの成分ですが、エナンチオマー間でオレンジの香りとレモンの香りの異なった性質を持っています。香りであれば問題がない一方で、このような化合物は薬になると大きな問題となることがあります。例えば、一時期話題だったサリドマイドは睡眠薬として利用されていましたが、そのエナンチオマーは奇形児が生まれる催奇毒性があることが分かりました。このようにエナンチオマー間で生理活性が異なることから、医薬品の開発では一方だけの構造を作ることが重要です。不斉触媒は一方のエナンチオマーを選択的につくることができます。

2001年には不斉触媒反応の開発研究に携わった科学者がノーベル化学賞を受賞しました。この時に使われていたのは金属触媒でしたが、2000年以降注目されている有機分子触媒を使った不斉有機触媒の開発を開拓した科学者が、今年のノーベル化学賞を受賞しました。有機分子触媒は水や酸素に安定、安価、安全性が高い、環境にやさしいなどの特徴があります。
もともとは酵素を用いた触媒反応の研究を行っていたベンジャミン・リスト先生は、「プロリンを用いた分子間アルドール反応の研究」でノーベル化学賞を受賞しました。プロリンは安価で入手することが可能であるという特徴があります。この研究を応用してインフルエンザの特効薬であるタミフルの合成ができます。有機触媒を用いた合成法は今までの合成法に比べてより簡単に、より多量にタミフルを合成することができるそうです。
また、デビット・マックミラン先生は初期は不斉金属触媒を用いたアルドール反応の研究を行っており、今回は有機触媒であるマックミラン触媒を開発したことでノーベル化学賞を受賞しました。このマックミラン触媒を用いるとストリキニーネを元来の合成法の7000倍効率的に合成することができるそうです。マックミラン触媒の開発研究では、3つの点が高く評価されています。1つは有機分子の触媒としての有用性を明らかにした点。2つ目は一般的な活性化モードを提唱した点。3つ目は有機(分子触媒)という用語を初めて用いたという点です。マックミラン先生が有機触媒という言葉を使ってから世界中に浸透したことを考えると、マックミラン先生は優れたコピーライターでもあると言えるでしょう。

有機触媒に関する論文はリストおよびマックミランの論文の発表後に急激に増えています。2000年以降には日本人も開発に大きく貢献しており、キラルリン酸やチオ尿素などたくさんの有機触媒が開発されてきました。先に述べたような利点のある有機触媒は現代社会の要請を満たす環境調和型触媒であり、産業界から大きな注目を集めています。今年のノーベル賞をきっかけにして有機触媒が更なる発展を遂げるといいですね。

科学ライブショー「ユニバース」では毎週様々な案内役が科学の話題をお送りしています。
ぜひ科学技術館4階シンラドームへお越しください。

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